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October 20, 2004

「禍福はあざなえる縄のごとし」

よいことと悪いことが織りなされていくのが人生というものです。
だから良いことにつけ悪いにつけ、照る日も曇る日も変わらず感謝の念をもって生きること。
福がもたされた時だけでなく、災いに遭遇した時もまた、ありがとうと感謝する。
そもそもいま自分が生きている、生かされている。
そのことに対して感謝の心を抱くこと。
その実践が私たちの心を高め、運命を明るく開いていく第一歩となるのだと、私は心に言い聞かせてきました。
しかし、言うは易く行なうは難しで、晴れた日にも雨の日にも、変わらず感謝の念を忘れないことは人間にとって至難の業です。
つい感謝の心を忘れ、悪い時は、なんで私だけがこんな目に会うのかと恨み、良い時は、よかったでそれを当たり前だと思う。
それどころか、「もっと、もっと」と欲張るのが人間というものなんです。
それによって自らを幸せから遠ざけてしまう。
つまり、「ありがとう」といえる心を、いつもスタンバイさせておくことがたいせつなのです。
また、感謝の心が幸福の呼び水なら、素直な心は進歩の親であるかも知れません。
自分の耳に痛いことも真っ直ぐな気持ちで聞き、改めるべきは明日と言わず、今日からすぐ改める。
そんな素直な心が私たちの能力を伸ばし、心の向上を促します。
この「素直な心」の大切さを説いたのが、松下幸之助さんでした。
”経営の神様”といわれた人でさえ、「生涯一生徒の気持ち」を忘れず、いつも他人から教えてもらうことで自分を成長させて行こうという姿勢を持った人でした。 

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