February 03, 2006

「鬼」について

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鬼は誰が作った動物?
実際、この世にいないものいっぱいあるよね!
私の干支の辰もそうなんだよな~
天狗と鬼よく似ている?
鼻を延ばしたり、角をつけたり、、
頭にお皿を乗せた河童、、、
人間が考えた動物、、、
なにか面白いね。
研究してみる価値ありそう

ちなみに鬼について、人に害をあたえるとされる想像上の怪物。
平安時代の辞典「和名類聚(わみょうるいじゅう)抄」によると、「おに」は「隠(おん)」のなまりで、「形をあらわすのをきらうこと」と「人の死後の霊魂」の意味があるとされています。
漢字の「鬼(き)」の意味は後者に近いそうです。
また、奈良時代の「万葉集」では、「鬼」の字を、超自然的なおそろしい存在のことを暗示する「もの」や、みにくいという意味の「しこ」とよませている。
その後、中国の民間信仰の鬼(き)や仏教でいう醜怪な容貌の夜叉、人を食うという羅刹、地獄の獄卒などの表現があわさって、鬼の観念が、牛の角をはやし虎皮(とらがわ)のふんどしをつけた異形異類の怪物として具体化したものらしい。

鬼一覧:哺乳類有角類鬼科(絶滅種)、鬼ヶ島などにいた。
<白鬼> 紅一点、厚化粧
< 青鬼>ナンバー2、病弱
<赤鬼>リーダー格、よっぱ
<黒鬼> 筋肉馬鹿 、日焼け
<黄鬼> カレー好き 、 カレー食いすぎ
さてあなたは何鬼?
私は酒ばっかり食らってる”よっぱ”!

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January 08, 2006

「叱る」文化!

実は「叱」るいう漢字は、今の常用漢字表に入っていないのですね。
これは現代がいかに子供を叱らなくなったか、「叱る」文化が衰退したことを示しています。
この「叱る」文化ですが、動物王国のムツゴロウ先生・畑 正憲さんによると、動物の親には子供を叱ると言う文化や行為は無いそうです。
「叱る」は人間社会だけが作った偉大な文化的技術なんですよ!
本当にこの「叱る」文化を大事にしたいし、もっと伝承していかなければなりません。

消えた「叱る」オヤジ、「叱ってくれる」オバチャンが再び姿を街角で現して来てほしいと思います。
他人の子供をもっと叱ったり、ほめたりする大人が増えてほしい!
触らぬ神にたたりなしで、見て見ぬ振りの大人が増えているのは悲しいと思います。
ぜひ、人間社会だけが作った偉大な文化的技術「叱る」文化を大事にしたいものです!monyuM_warazaiku_inu11


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October 23, 2005

「二十四節気、霜降 (そうこう) 」

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10月23日、「二十四節気、霜降 (そうこう) 」の日
つゆが陰気に結ばれて、霜となりて降るゆへ也(暦便覧)
七十二候でも「五十二候 霜始めて降る」日です。
北国や山間部では、霜が降って朝には草木が白く化粧をする頃ですね。
野の花の数が減り始め、代わって山を紅葉が飾る頃です。
この日から初冬の間に吹く寒い北風を木枯らしと呼び、 風速8m/s以上の北寄り(北から西北西)の風のことで、冬型の気圧配置になったことを示す現象ですね。
毎秋最初の木枯らしを木枯らし一号といい、立冬(11/7)のころに吹くことが多いようです。
琵琶湖でも楓(カエデ)がこの一霜降るたびに紅葉を深めて、11月初旬から中旬まできれいな紅葉が見られます。
カエデの名称の由来は葉がカエルの手に似ていることからとされています。
ご存知でしたか?
その代表がモミジですよね!

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August 15, 2005

「かき」と「こけら」の違い

こけらは木っ端(こっぱ)の意で、新改築された演芸場などの初興行を「こけら落とし」と言うのは、建築の際の木っ端を落とすところからきている。
「木っ端」は、切った木の切れ端、木屑のことですね。
それでは「こけら」を漢字で書くとどうなるでしょうか?
書けますか?
「杮」です!
よく見てくださいよ?
「かき」の漢字とおなじ?
「杮落とし」「杮葺き」の表記を見て、コケラオトシ、コケラブキと読める人は、相当の漢字知識をお持ちです。
では、これが「柿落とし」「柿葺き」となっていたとして、この漢字は間違っていると見抜ける人はそう多くはいないでしょう。
それくらい「杮」(こけら)と柿(かき)とはよく似ています。
しかし、「杮」(こけら)と柿(かき)はまず画数が違います。
こけらは木へんの4画、かきは5画です。
判り易く言うと、巾の縦棒が一の上から一直線に突き抜けているのが「杮」(こけら)で、亠の下に巾があるのが「柿」(かき)ということになります。
また、字音も違っています。
「柿」(かき)は、市町村の市、姉の字音と同じ「シ」です。
「杮」(こけら)は「ハイ」で、雨が沛然(ハイゼン)と降るなどと用いる沛(はい)と同じつくりです。
ふだんなんにも考えずやり過ごしていることも、このようにじっくり調べると「目からうろこ」ですね。
<産経「言葉の雑学」より>
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May 06, 2005

「母の日」と「父の日」

「母の日」は5月の第2日曜日(2005/5/8)。
「父の日」は6月の第3日曜日(2005/6/19)。
「母の日」と「父の日」はアメリカでは祝日の一つになっていますよ!
日本も早くならないかな?
どちらも始まりがキリスト教と関係しているのでしかたがないのかな?

★「母の日」の歴史は1907年、アメリカのウェストバージニア州に住むアンナ・ジャービスと言う女性が、母の命日に彼女の追悼式を開き、その式で母ミセス・ジャービスが好きだったという白いカーネーションを捧げ、式の参加者に母を偲んで一輪ずつ手渡したのが始まりだと言われています。
ちなみに白いカーネーションは、十字架にかけられる前のイエスとマリアを、赤いカーネーションは復活したキリストをそれぞれ象徴すると云います。
日本において母の日は、キリスト教教会を中心として徐々に広がったと云いますが、定着したのは戦後の昭和24年頃と云われています。
カーネーションcarnationは王冠を意味するcorona(コロナ)に由来すると考えられます。
もともとcoronation(コロネーション:戴冠式の意味)と呼ばれ、これがなまってcarnation(カーネーション)となったようです。

☆「父の日」の歴史は1910年、妻を亡くし男手一つで自分たち(男5人、女1人の6人兄弟)を育ててくれた父ウィリアム・ジャクソン・スマート氏に感謝したいとジョン・ブルース・ドット夫人が母の日にならって提唱したのが始まりと言われます。
父の日の提唱者、ドット婦人が「父の日」に父親の墓前に白いバラを供えたことから「父の日にはバラ」となったようです。
父親が存命中は赤いバラを、亡くなって以後は白いバラとされる。
カソリックにおいて祈りの際に手にするrosary(ロザリオ)はラテン語のrosa(薔薇)とrosarium(薔薇の園)がその語源とされている事からもわかるように、キリスト教を代表する神聖な花だと考えられます。

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April 08, 2005

花見

なぜ日本人は春になるとサクラ(桜)の下でお花見をし、おサケ(酒)を飲みごちそうを食べたくなるのでしょうか?
稲の生育を見守る山の神の宿る桜の木の下で、サカナ(サケ菜・肴・魚)を ササゲテ(捧げて) オサガリを、いただく、豊作を祈る予祝行事として始まったとする説があります。
今の人は桜に神を見ないが、神は年ごとに桜に宿り花を咲かせているのですよ!
これで、 サクラ(桜)の木の下で サケ(酒)を飲み、ごちそうを食べる理由が、 お解りになりましたか?
日本では、中国大陸から渡ってきた人々が稲作の文化を伝えました。
地域により桜の花が咲く時期により、稲を植える時期を知りその桜の花の散り具合を見てその年の米の出来具合を占ったのでした。
満開に咲いた桜を見上げては、神様にお酒など奉げ物をして豊作を祈る、桜は神様の宿る木として信じられていました。
それが桜が神様が宿る木としてサクラ(さ座)と呼ばれるようになった起源なのでしょう。
しかし、この桜ですが、万葉集の時代、花といえば梅をさしたそうです。
中国文化を理想としていた当時の日本にとって梅の存在は重要であったのでしょう。
しかし、遣唐使の廃止以後、独自の文化を形成していく上で、中国的な花ではなく、日本固有の花が好まれたのか?
やがて梅は桜と交代し、平安後期に入ると、宮廷を中心として、梅よりも桜ということで、桜が様々な行事に出始めます。
そして花見といえばおもに桜となり、山野の花見は桜狩りと称して、時代が降るにつれて花見は公家から武家、近世には都市住民のものとなり、今日に至っています。
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March 28, 2005

朝は「あけぼの」、昼は「春霞」で、夜は「おぼろ月夜」かな?

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『 枕 草 子 』 に、春は、あけぼの。夏は、夜。秋は、夕暮。冬は、つとめて。雪の降りたるは、いふべきにもあらず。
と四季のいいとこが書かれてあります。
この「あけぼの」とは、夜がほのぼのと明ける頃のことで、夜空がほのかに明るんで暁(あかつき)の終わり、夜明け前のことを言うそうです。
従って、春はこの「あけぼの」がいいと言っているのですね。
しかし、またこの季節、朝のうたた寝が非常に心地よくて、なかなか布団から這い出せないという方も多いのではないでしょうか?
“春眠、暁(あかつき)を覚えず”とは、本当によくいったものです。
その内に昼となり起きるとこれまた「春霞」です!
春は「かすみ」の季節ですね。
「霞か雲か」といわれるように、遠くの景色がかすんで、まるで薄雲がかかったような景色になることがあります。
雲は小さな水滴が空気中に浮かんだ状態で、霧や靄(もや)と同じだそうです。
水滴の数が多くて、見通しが悪く、見通せる距離が1km未満になると霞(春)、または霧(秋)と呼ばれ、1km以上だと靄(もや)になるそうです。
 また、地上付近に漂っているのが霧や靄で、高いところにあるのは雲になるのだそうです。
この霞は昼間の呼び名で、夜には朧(おぼろ)と呼び名が変わります。
小学校のときに習った「朧月夜」という歌が、懐かしいですね。

『おぼろ月夜』 作詞: 高野辰之 作曲: 岡野貞一
奈の花畑に 入日薄れ
見わたす山の端 霞ふかし
春風そよ吹く 空を見れば
夕月かかりて 匂い淡し

里わの火影も 森の色も
田中の小径を たどる人も
蛙の鳴くねも 鐘の音も
さながら霞める 朧月夜

「おぼろ(朧)」というのは、
ぼうっとしてハッキリせず、ぼんやりとかすむさまをいいます。
春の夜空に浮かぶ、ほのかにかすんだ月をおぼろ月といいます。
特に桜がおぼろ月に照らされた姿は、優雅で柔和、正に幽玄の美しさを放ちます。
西洋の諺にも、「春は三日月のくぼみに水が溜まり、霞がかかって朧月夜となる。」といわれているそうですよ!

新古今和歌集の歌
「照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の おぼろ月夜に しくものぞなき」 大江千里(おおえのちさと)
強く照るでもなく、かといって陰るでもない、春のおぼろ月の夜に勝る景色はない、という意味です。

古今和歌集の歌
「春霞たなびく山のさくら花 うつろはむとや 色かはり行く」  讀人しらず
  春霞にたなびいている山に咲いている桜の花は、次第に色が変化している、散ろうとしているのであろうか。

「やまざくらわが見にくれば春霞峰にもをにもたちかくしつつ」  伊登内親王
  山桜をわざわざ見に来たが春霞が峰から麓まで一面に立ちこめて見せないようにかくしていることよ。

「みわ山をしかもかくすか春霞人にしられぬ花やさくらむ」  つらゆき
  春霞は三輪山を隠している。隠すところを見れば、人目にふれない花でも咲いているのかな。

などの和歌も有名ですね。

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February 26, 2005

「いろは歌」の本当の意味!

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「いろは歌」は仮名文字を重複使用しない歌で「色は匂へと散りぬるを・・・」の歌は、その最高傑作として古来広く国民に親しみよまれて今日に至っています。

「色は匂へと 散りぬるを 我か世 誰そ常ならむ
有為の奥山 けふ越えて 浅き夢みし 酔ひもせす 」

これはじつは「夜叉説半掲(やしゃせつはんげ)」というお経を翻訳したものらしい。
お釈迦様が前世で雪山童子と呼ばれていたころ、夜叉が口ずさんでいた歌!

前半はこちらから見た死を!
すなわち、花の色が衰えていつしか散るように、あんなに元気だった人でもやがて死ぬ。
そのことを、じつに綺麗に表現していますね。

そして、後半がじつは本人にとっての死の描写を歌っているのですよ!
すなわち、人は自分勝手に正しいと信じて、その有為なる道を山に登るように進んでいくのです。
そして、その有為の奥山を今日越えた!つまり、今日死んだと言うことだったのです。
しかも、死んだ直後か、これから死んでいく過程で、その本人が、死んで見ると、なんだかすべてがはっきり見え、そこから振り返って、これまでの人生を見ると、まるで浅い夢、あるいは酔っ払っていたとさえ思う。
ということで、これからは「浅い夢は見るまい!酔っ払いもするまい!」と宣言しています。

昔の日本では「あいうえお」でなく、小学校に入るとこの「いろはにほへと」で文字を習って来ました。
小さいときはその意味はわからなかったけど、日本人の心の奥底にはこの歌がしみこんでいるのではないだろうか?

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January 05, 2005

春の七草

・平安時代に「四辻の左大臣」が
「せり、なづな 御形、はこべら 仏の座 、すずな、すずしろ これぞ七草」
と詠んでから、春の七草として定着したと言われています。
・七草粥、、、正月七日に粥(かゆ)にこの七草を入れて食べると,一年間病気をせず,健康でいられるといわれています。
・春の七草を七草粥に調理するときのはやし歌で「七草なずな、唐土(とうど・とんど)の鳥が日本の土地に渡らぬ先に・・・」とはやしながら、ところによって、歌や、たたく回数とたたく物が少し違うようですが、包丁だったり、すりこぎ・しゃもじでたたきながらはやすそうです。
唐土の鳥は、即ち北の中国方面からの渡り鳥が疫病を運ぶといわれてました。
疫病(インフルエンザなど)が流行る前に、ビタミンたっぷりの予防食「七草粥」をたべましょう!
・春の七草は「七草がゆ」にして食べるなど、”食”を楽しむものですが、秋の七草の方は 花を”見る”ことを楽しむもののようです。
・本来は旧暦の1月7日(2005年 2/15)であるので、新暦の1月7日には七草を集めるにはちょっと時期が早いようですね。

<春の七草>
1.芹(せり)-------川辺・湿地に生える。
春の七草の代表格で、二千年も前から薬草として用いられてきたセリは、香りが強く食欲をそそります。
肝臓の熱からくる目の充血、めまい、頭痛とふらつきをとり、頭をはっきりさせて精神状態を安定させ、肺を潤して咳を静め、むくみを尿として出します。
止血や血圧を下げる作用もあり、根を捨てないで使います。
2.薺(なずな)------ペンペン草。
ナズナはペンペン草といったほうが身近に感じるでしょう。
薬草名はセイサイ、味は甘く、消化機能を整え、むくみをとり、止血、視力改善、血圧を下げるなどの作用があります。
赤痢、むくみ、尿路感染症、吐血、下血、不正性器出血、目の充血、痛みにも用います。
3.御形(ごぎょう)----母子草。
ゴギョウはハハコグサのことで、春に花をつけたら根から引き抜いて陰干しにします。
これを煎じて、一日に十から十五グラム飲めば、咳を止め、痰を切ります。
4.繁縷(はこべら)----小さい白い花。「はこべ」。
ハコベはハコベラやヒヨコグサのことで、みそ汁に入れてたべます。
胃炎や胃弱に良く、歯が痛く、頬が腫れあがっている状態に、塩もみしたハコベの葉と梅干しの果肉をぬりあわせて貼ると効くとされます。
5.仏の座(ほとけのざ)--正しくは田平子(たびらこ)。
ホトケノザはキク科のタビラコの別称でホトケのツズレともいいます。
薬名は宝蓋草で、打撲、筋肉や骨の痛み、四肢のシビレに効くとされます。
6.菘(すずな)------蕪(かぶ)。
スズナは現代のカブです。
大根より甘く、大根と似た薬効があります。
7.蘿蔔(すずしろ)----大根。
スズシロは現代でも食材として欠かせない大根のことです。
大根の汁、胃腸に良く、熱を下げ、渇きを止め、鼻血にききます。
水あめや蜂蜜を加えると、せき止めにもなります。
大根百グラムとショウガ五十グラムを刻んで絞った汁は急性咽喉頭炎の妙薬になります。

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December 07, 2004

クリスマス!

本義は、キリストの降誕を祝う祭!
英語で綴ると"Christmas"で、これはキリスト"Christ"のミサ"mass"の意味です。
Christmas (クリスマス)、 イエスキリストの誕生日は12月25日とされています。
この日にプレゼントを交換するのは、一説には、それはキリストへの誕生日プレゼントを意味する。
"Xmas"とも書かれるが、"X"は「キリスト」を表わすギリシア語の頭文字であって英語の省略形ではない!
クリスマスにクリスマス・カロル(キャロル)は欠かせません。
14世紀以降、礼拝堂で歌うラテン語聖歌にかわって、土地の言葉による詞が世俗の舞曲のメロディーにのって家庭や街で歌われるようになりました。
讃美歌109番「きよしこの夜」が有名ですね。
もうひとつ欠かせないものに、クリスマス・ツリーがありますね。
クリスマス・ツリーはどうやらドイツや北欧あたりの民俗的な冬の祭りが起源のようです。
家庭に普及したツリーが教会に飾られるようになったのはずっと後、もともとは自然の木に装飾をほどこしていたようです。
ドイツの家庭で発生したクリスマス・ツリーがイギリスに渡ったのが1790年頃、デンマークとノルウエーは1830年頃、フランスには1840年頃だそうです。
クリスマスの祝い方も国、民族、地方、家庭によりさまざまです。
日本では1874年に最初のクリスマスパーティーが開かれ、現在では宗教を越えた年末の国民行事となっている。
もうひとつ、世界中の子供たちが、この日を楽しみにしているサンタ・クロースのプレゼントがあります。
このサンタ・クロースの元祖が聖ニコラウス、というのはよく知られている話ですね。
「むかしむかし、今のトルコのあたりのミラという所に、ニコラスという人がいました。ニコラスは、キリスト教を信じて、人々にその教えを広めていました。
あるとき、町に貧しくて娘をお嫁にだせないという人がいるのを知り、ニコラスはその人の家に窓から金貨を投げ入れてあげました。
次の日金貨を見つけた家の人は喜んで、娘をお嫁に行かせました。
このことが町中に広まり、ニコラスは人々から尊敬されるようになりました。」
その後、ニコラスはセント(聖)・ニコラスと呼ばれるようになり、キリスト教がアメリカに広まっていくなかで、「セント・ニコラス」がなまって「サンタクロース」と呼ばれるようになったそうです。
その聖ニコラウスの祝日は12月6日で、スイス、フランス、ドイツ、オランダでは子供の日になっています。
この地域ではサンタは12月5日の晩にやってきたようです。
現代の商業主義的なサンタとクリスマス・プレゼントは、19世紀以降アメリカで流行し世界中に伝播したようです。
子供のころ、寝る前に靴下を枕元に置いて寝ると、サンタさんがやってきてクリスマスプレゼントがもられる!と信じていたものです。
今の子供たちも同じでしょうか!
昔と同じように小学生の低学年までは本当に信じているかな?

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